終わりの物語─『ストレンジャー・シングス』とともに過ごした時間

境界線の上に立っていた子供たちが、大人という対岸へ渡っていった

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さよなら、ホーキンス─7年間の冒険の終わりに

2026年1月1日。

新しい年の幕開けとともに、私はひとつの物語の終わりを見届けた。

Netflixオリジナルドラマ『ストレンジャー・シングス』。
7年間にわたって紡がれてきた壮大な物語が、この日、静かに幕を閉じた。

シーズン1が配信されたのは、もう7年も前のこと。

私がこの作品に出会ったのは2年前で、シーズン1から4までを一気に見た。
そこから2年間の空白を経て、満を持してのファイナルシーズン。

待ち望んでいた結末を、ようやく迎えることができた。

正直に言えば、もう少しハッピーな終わり方であってほしかった気もする。

けれど、この作品を完全に終わらせるという意味では、変な伏線を残さずにきちんと着地してくれたことに安堵している。
無理やり続編を作るようなことはしないでほしい。この物語は、ここで終わるべきだったのだと思う。

ファイナルシーズンは、映像美という点では文句のつけようがなかった。

CGや特殊技術を駆使しながらも、1980年代という時代設定の世界観を最後まで徹底して作り込んでくれた。
けれど、物語としては「SFホラー映画」に近いテイストで、シーズン4までのような謎解き要素が少なく、少し物足りなさも感じた。

キャラクターで言えば、エルの活躍が思ったほどではなく、代わりにウィルが覚醒モードに入っていたのが印象的だった。
個人的には、ホリーとデレクが頑張っていたのが嬉しかった。

エピローグで描かれた主人公たちの卒業シーンや、年長組メンバーの「またな」という別れの言葉には、胸が熱くなった。
大人組も幸せになってくれて、それだけで満足だった。

この作品の本質は、1987年から1989年という時代設定にあったと思う。

古き良きアメリカの空気感。子供たちが自転車を漕いで冒険に出かけ、トランシーバーで連絡を取り合い、大人たちの知らないところで世界を救おうとする。そんな「映画の魔法」がたっぷりと詰まっていた。

子供たちが少しずつ大人になっていく姿を、ここまで丁寧に描いた作品は珍しい。

そして、この作品を見ている私たち視聴者もまた、自分の子供時代を思い出すのだと思う。

あの頃のワクワク感。何事にも挑戦した心。失敗を恐れずに飛び込んでいけた情熱。

『ストレンジャー・シングス』は、そんな「子供時代の自分」を思い出させてくれる装置だったのかもしれない。
この感覚は世界中の人たちに通じるものだったのだろう。だからこそ、この作品は傑作になったのだと思う。

Netflixの歴代最高作品。

そう呼んで間違いないだろう。

これ以上のヒット作を作り出せるのか、という懸念もあるけれど、それはまた別の話。

もし誰かに「Netflixで何を見たらいい?」と聞かれたら、私は迷わず「とりあえずストレンジャー・シングスを見てみて」と答えるだろう。

リアルタイムで、この偉大な物語の終わりを見届けられたことに、心から感謝している。

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