
日常にふと自分の好きなアーティストの音楽を聴きたくなる瞬間
何年越しかに新曲やアルバムがふらっと目の前にそっと置かれる瞬間
心がときめいて、心が躍り出す
あの感覚がいつになっても白黒の日々に彩りがついていく感覚
この上なく、楽しい瞬間だ
自分が好きな音楽はいつだって心に栄養をくれる

あぁ、やっぱりこの人の音楽好きなんだよなぁ。
自然に呟いてしまうぐらいに、そのアーティストが好きだ
好きというか、日常でいつのまにか忘れていた彩りを思い出させてくれる。
そんな存在
おおげさに聞こえるかもしれないが、音楽は私にとって生きていくためのエネルギーを補給してくれるような存在だ
過ぎていく日々の中で、いろいろなことに追われるようなこともしばしば
自分では、そんな日々の中に身を置きながらも「自分を大切に。」というお守りみたいな気持ちをぎゅっと握りしめて、どうにかこうにか社会の中で生きている(というか流されてる?)
で気づいたら、いつのまにか日常が白黒フィルムみたいな「繰り返しの日々」になってしまっている感覚がある
自分という存在も、あってもなくても誰も困らないような、
そんな世界の中で、生きてるのだな。
と思える瞬間が日々のあちこちで出会う
疲れているのだろうか。
こんなにもつまらない空虚な日々の中で、楽しいという感情さえ、いつのまにか思い出せなくなってしまう
そんな感覚を感じながら、ふと、
「そうだ、あのアーティストの音楽でも久しぶりに聞いてみるか」とApple musicを立ち上げる
ライブラリにはいつだって私の好きだった曲やアーティストが入っている
目についた曲を1つ再生してみる
なんだか、心が落ち着く。
徐々に、笑顔になってる自分に気づく
心が躍り出している感覚が蘇ってくる
そうだ、この感覚を思い出させてくれるには、私にとって音楽なんだなぁ
からからに乾き切った土に、一滴の水が染みわたるように
私の心に、たった1フレーズ、たった1曲。
そうだ、心が渇き切っていたんだと気づく。
好きなアーティストや曲を聞くたびに、こんなふうに感じる
私が大好きなアーティスト:ヨルシカ
ヨルシカは、コンポーザーのn-buna(ナブナ)とボーカルのsuis(スイ)による日本の男女2人組ロックバンドです。
2017年に結成され、「作者が作品より前に出ないようにしたい」という方針から、メンバーの素顔や詳細なプロフィールを公開せずに活動しています。
先日、私が愛するヨルシカの新アルバムが配信リリースされた。
アルバムのPVを見た瞬間に、心がときめいた。
この世界観、この言葉、そしてPVに込められたメッセージがたまらなく好きだ。
ヨルシカというアーティストは2017年にたまたまyoutubeで発見してから、その世界観にはまりずっと応援している。
応援っていうか、ヨルシカの音楽に定期的に触れて栄養をもらっている。
(勝手ながら)お世話になってます
今時のアーティストとしては異色の活動スタイルのアーティストだと思う。
あくまでも「作品」を楽しんで欲しい。
このスタイルが好きだ。
顔やライブツアーでがっつりとクリエイターが前に出てくるのではなく、作品の世界観にこだわりつづける姿勢に共感もしている。ってか憧れだ
私の周りでは、あまりヨルシカのことを知られていなくて、出会えるのも「名前ぐらいは聞いたことある」程度のもんだ
世間的にはあまりメジャーではないのかもしれない。
私は逆にそこがいいよなとニヤリとしてしまう。
知ってる人にこそ届いて響く音楽。なんかいいよね
ネット上でヨルシカのファンである人と出会ったこともあるが、どこか不思議と自分と似た感覚を持ってそうだなという人も多く見かける。
もしかしたら、繊細な感性。楽曲をじっくりとしっかりと味わう感覚を持ってる人だから、伝わる魅力なのかもしれない
音楽の楽しみ方や趣味趣向は人それぞれだから、どれがいいとか悪いとか言うつもりはない
けど、私としては大衆化してバズヒットに特化したビジネス音楽よりも、ちょっとだけニッチで、届くべき人に届く手紙のような音楽が好きだ。
そして受け取る側も、その手紙を時間をかけてじっくりと読み込み、書き手のメッセージや想いに考えをめぐらせる。
そうやって味わう時間すら楽しいと感じられる人。
どちらかというと私は、音楽をじっくりと味わうのが好きなので、こういう感性のタイプだ
アルバム曲「千鳥」
アルバム発売に先駆けて発表された収録曲のPV「千鳥」
今のヨルシカらしい歌声と、元来のヨルシカの言葉遊びの要素がたっぷり込められている楽曲。
不思議と躍り出したくなるんだよね
この楽曲は、古典文学や自然の情景を借りて「人との距離感」や「失われない記憶」を表現する曲となっていて、不思議と自分の感覚にもどんぴしゃな名曲だった。
映像に関しては、3DCGアニメーションでコミカルな要素も入れつつ、繊細な光の描写が、歌詞が紡いでいる「透明な寂しさ」をより鮮明に描き出しています。ノリノリの曲調との対比がまた素晴らしい。
下記、少しだけ個人的な考察ポイントや気に入った歌詞とか抜粋
【千鳥が象徴するもの】
古来より千鳥は「波を乗り越える」「勝運」の象徴として描かれますが、ヨルシカの文脈では、絶え間なく打ち寄せる波(時間や忘却)の中でも、決して離れずに群れをなす存在、あるいは愛しい人を呼ぶ声として描かれている
【アルバムの中での立ち位置】
今作はアルバムタイトル通り、「あなた」と「私」の境界線をテーマにしています。
n-buna氏はインタビューで、本作を「二人称」という概念の追求と語っており、千鳥の鳴き声(友を呼ぶ声)が、他者という「二人称」への切実な呼びかけと重なります。
他者との境界線の引き方。
という考えは偶然にも当サイトのコンセプトとも重なる部分があったので、だからこそ私はこのアルバムに心動かされているのかもしれません(アルバムを聴き終えてからインタビュー記事を読んだ)
「風をあなたが呼んでいる。私の家事を呼んでいる。」
日常的な営み(家事)の中に「あなた」の気配が混ざり合う様子が描かれています。
非日常ではなく、ありふれた生活の中にこそ存在する他者の輪郭を強調している。
「ふざけた晴れの縁で行こ」
「晴れ」はヨルシカにおいてしばしば「別れ」や「喪失」を伴う明るさとして使われます。
「ふざけた」という形容詞には、悲しみを抱えながらも前を向こうとする、あるいは運命を茶化すような冷笑的なニュアンスが感じられる。
「私が風を呼んでいる。聞きを叫べと呼んでいるし。」
受け身だった「あなた」の呼びかけに対し、後半では「私」が能動的に声を上げています。
千鳥が鳴き交わすように、声を発することでしか確認できない存在の不確かさが表現されている。
歌詞の細部までヨルシカらしいメッセージが込められた曲で、聞けば聞くほど楽しくなるんですよね。
まとめ

最近は自分の中で音楽熱が少し高まっている感覚がします。
このタイミングで自分が好きなアーティストの新作アルバムに触れられることって不思議な感覚。
今回の記事も、ヨルシカのアルバムを聴きながら鼻歌まじりでのりのりで描いています。
私にとって音楽は心の栄養を与えてくれる、生活に必要なものなんだなと改めて実感しました。
一人でも必要な人にヨルシカの曲が届いてくれたらいいなぁ



