「不定期」という名の定期便|自分で始めたはずのリズムに、縛られていないか

毎週更新をし始めてしまったから、なんか言いづらいんだよね。

ホントはわたしのポッドキャストって不定期配信ってこと

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言いづらい

「夜の独り言」概要欄(右側ね)

わたしが運営しているポッドキャスト「夜の独り言」の話なのだけど、

実は、配信頻度に関しては概要欄などに明記していない。

多くの番組では「毎週〇曜 〇〇時配信」とかっこよく書かれている。

あえて、わたしの番組の紹介文に記載していないのは、「不定期配信」であるからだ。(え)

けれど実際のところ、ここ数ヶ月は、ほぼ毎週のように配信を続けてしまっている。(喜ばしいことなんだけどね)

ただじぶん自身の中で、「これはもう、不定期とは言えないのでは」という違和感が、じわじわと大きくなっていた。

「実は不定期配信なんです」と、今さら言い出すのも、なんだか気恥ずかしい。

そんな小さな告白しにくさを抱えたまま、今週もまた、収録に向けてマイクの前に座っている自分がいる。

いつの間にか、回り始めていた歯車

思い返せば、最初は本当に、緩やかなペースで始めたはずだった。

話したいことが溜まったら収録する。

特に何もなければ、無理に配信しない。

そのくらいの、気楽なスタンスでゆるりと始まったのである。

けれど、一度配信のリズムが生まれてしまうと、そのリズムは思っている以上に、変なじぶん自身へのプレッシャーになっていく。

先週配信したから、今週も。

今週配信したから、来週も。

そうやって、気づけば毎週の更新が、当たり前の前提になっていた。

誰かに強制されたわけでもないのにね。

まるで見えないルールに縛られているかのような感覚が、じわりじわりと後ろから迫ってくるような。

止めることへの、小さな罪悪感

不思議なのは、このリズムを、自分の意志で止めてもいいはずなのに、それが出来ずにいることだ。
律儀といえば律儀なんだよな

一度でも配信を休んでしまえば、何かが崩れてしまうのではないか。

そんな漠然とした不安が、頭のどこかにこびりついてしまう。

聴いてくれている人たちを、がっかりさせてしまうかもしれない。

積み上げてきたものが、途切れてしまうかもしれない。

けれど、よく考えてみれば、そもそも「不定期配信」を掲げていたのは、こうした義務感から自由でいたいと思ったからのはずだった。

自分のための発信のはずが、いつの間にか、自分を縛るルールへと姿を変えてしまっている。

この矛盾に気づいたときに苦笑いである。

また、じぶんで自分を追い込むことやっちゃってるなぁ。。。

発信者が抱える、小さなプライド

「実は不定期でした」と言い出しにくいのには、もう一つ理由がある気がしている。

毎週欠かさず配信している、という状態には、どこか誇らしさのようなものが伴う。

継続している、という事実そのものが、一種の実績のように感じられてしまうのだ。

そのプライドを、自分から手放すことに、(無意識な)抵抗があったのかもしれない。

けれどこのプライドは、なんの為なんだろ?

よく見られたい。なんて思ってしまっているだけの、ちょっとした奢りなのでは?

継続すること自体が目的化してしまい、
本来大切にしたかった「話したいことがあるときに、自由に話す」という初期衝動が、どこかに置き去りにされていないだろうか?

続けることが目的なんじゃなくて、
話したいことを話す場所として大切にしていきたかったんじゃないの?

リズムを、もう一度自分の手に取り戻す

このまま、なんとなく毎週配信を続けていくこともできるだろう。

けれど、それは本当に、自分が望んでいた形なのだろうか。

一度立ち止まって、あらためて考えてみる。

配信を休むことに、罪悪感を抱く必要はないし

不定期配信であることに後ろめたさを感じる必要もない

聴いてくれる人たちとの約束は、毎週更新することではなく、
話したいことがあるときに、誠実に届けることだったはずだから。

見えないリズムに追われるのではなく、自分の内側から自然に湧き上がってくるタイミングで、また声を届けていきたい。

そのために、まずは一度、立ち止まる勇気を持つことから始めてみようと思う。

じぶんの心地よいリズムに乗って、気ままにマイクの前で楽しく喋りたいもんだよね

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