
家族で、ハマってしまった物語

前回のコミックレンタルを返却を終えて、また新たにコミックレンタルをしている。
次は何を読もうかな?
とレンタルページを色々とスクロールして見ていく中で、
「せっかくだから完結した作品を一気に読みたいな」
という、些細な動機である。
ずっと聞いたことはあったけど、ちゃんと読んだことがなかった作品
それが「宇宙兄弟」である
読み始めてすぐに、すっかり夢中になっている。
この作品、なんかめちゃくちゃ刺さるんですけど!
不思議なことに、家族も一緒にこの作品を読み進めている。
ええ、家族で大ハマりしてるのである。

少年漫画とは、違う響き方

これまでも、少年漫画にはずいぶんと熱狂してきた。
強さのインフレも、王道のハッピーエンドも、それぞれに胸を熱くさせてくれる魅力があった。
けれど、この作品から受け取る感覚は、それらとは少し違う種類のものだった。
主人公たちは、決して超人ではない。
夢を追いながらも、現実的な壁にぶつかり、迷い、時には情けない姿もさらけ出す。
その等身大の在り方に、若い頃には気づけなかった深みを感じている自分がいる。
かつては、圧倒的な強さや、劇的な逆転劇にこそ心を掴まれていた。
けれど39という年齢になったおじさんである、わたしの心を打つのは、地道に積み重ねていく人間の姿そのものだ。
大人になったからこそ、刺さる言葉

作中には、登場人物たちがふとした瞬間に口にする、静かな言葉がいくつも散りばめられている。
夢を諦めかけたとき。
仲間との関係に悩んだとき。
そうした場面で紡がれる言葉の数々が、驚くほど今の自分の状況と重なっていく。
十代や二十代の頃にこの作品に出会っていたら、きっと今ほどには響かなかっただろう。
夢を追う厳しさも、遠回りすることの意味も、実際に人生の中でいくつかの壁にぶつかってきたからこそ、深く理解できるようになったのだと思う。
言葉というものは、受け取る側の経験の量によって、まったく違う重みを持つ。
同じセリフを読んでいるはずなのに、若い頃の自分とは違う場所に、その言葉が刺さっていく感覚がある。

「おじさん化」を、肯定的に受け入れる

年齢を重ねたからこそ理解できる物語がある。
若い頃には素通りしていた言葉に、今は深く頷けるようになった。
それは失われたものではなく、時間をかけて得た、新しい感受性なのだと思う。
自分のポッドキャストのリスナー層が、想定より年齢層の高い方々にシフトしていったときも、同じような納得感があった。
年相応の物語に心を動かされることは、決して後退ではない。
むしろ、その年齢でしか味わえない豊かさに、ようやく手が届き始めたということなのかも。
これからも、年齢と共に変わる感受性を

この作品との出会いは、単なる一つの漫画体験にとどまらない。
自分自身が、確実に歳を重ねているという事実を、静かに、けれど前向きに実感させてくれる出会いでもあった。
これから先も、きっと感受性は変わり続けていくのだろう。
若い頃には見向きもしなかった物語に、いつか深く心を動かされる日が来るかもしれない。
その変化を恐れず、むしろ楽しみながら、これからも様々な物語と出会っていきたいね。


