
押入れを整理していたら、ガラス瓶が出てきた。
押入れの、奥にあったもの

琥珀色の液体が、梅と一緒に入っている。ラベルには手書きで年号が書いてあった。
2011年。
今から13年前だ。引っ越しのたびに「いつか飲もう」と思いながら、荷物に紛れ込んでいた。
そのまま、時間だけが経っていた。
ウイスキーで漬けた梅酒だった。
梅酒といえば焼酎やブランデーで漬けるのが一般的だけれど、ウイスキーで漬けると味の層が増す。
当時そう聞いて、試してみたものだった。
2011年というのは、いろいろとあった年だ。
あのころのわたしが、今のわたしへ向けて仕込んでいたと思うと、時間の感覚が少し揺らぐ。
あの日の自分は、この液体が13年後に飲まれると想像していただろうか。
きっとしていなかった。それが偶然の贈り物になった。
13年が作ったもの
開封する前、少し迷った。
飲めるのだろうか。腐っていたりしないか。
でも梅酒はアルコール度数が高く、密閉されていれば長期保存に耐える。
恐る恐る栓を開けると、甘くて深みのある香りが広がった。
腐敗臭は全くない。むしろ、豊かな香りだった。
炭酸で割って、グラスに注いだ。
琥珀色が深い。普通の梅酒より、ずっと色が濃い。
一口飲んだとき、思わず声が出そうになった。甘みが深く、角がない。
長い時間をかけてゆっくりと丸くなったような、なめらかな味わいだった。
梅の風味とウイスキーの熟成感が絡み合って、全体が一つのものになっている。
これは、別物だ、と思った。
普通の梅酒が持つ、あの少し尖ったアルコール感がまったくない。
飲んでいることを忘れるほど、口当たりがなめらかだ。
13年という時間が、すべての角を削り取って、丸くして、深みだけを残してくれた。
そういうものが、押入れの奥で静かに待っていた。
梅雨の夜の、贅沢

雨の音がしていた。
梅雨の長雨の夜に、琥珀色のグラスを傾けながら、なんだか豊かな気持ちになった。
13年という時間は、わたしが意識していないところで、ずっとこの瓶の中で働き続けていた。
放っておいたのに、勝手においしくなっていた。
自分では何もしていない。ただ、忘れていただけだ。
でもその「忘れ方」が、結果的に良い熟成をもたらした。
わざわざどこかへ出かけなくても、高いものを買わなくても、押入れの奥に13年分の贅沢が眠っていた。
そのことが、妙に可笑しくて、同時にとても嬉しかった。
時間が育てるものの価値を、この夜は舌で確かめた。
梅雨というのは、気持ちが沈みやすい季節だ。
雨が続いて、湿度が高くて、日光が少ない。そういう季節に、この琥珀色の一杯は思わぬ贈り物だった。
13年前のわたしが、今夜のわたしへ送ってくれたもの、という気がした。
梅酒はまだ半分ほど残っている。大切に飲んでいこうと思う。
特別な夜だけに開けるものとして。
時間が作り出すものには、お金では買えない深みがある。
熟成されたワイン、長年使い続けた道具、積み重なった記憶。
それらはすべて、時間という素材が加わることで、最初とは違う何かになっている。
急いでいては手に入らないものが、世界にはある。
押入れをもう少し丁寧に整理してみようかと思っている。他に何が眠っているか、少し楽しみになってきた。
忘れていたものが、時間を経て宝物になる。
そういう発見が、日常の中にまだ眠っているかもしれない。
急いで片付けなくてもいい。ゆっくり、丁寧に開けていこう。
時間の奥から出てくるものには、それだけの重みと驚きがある。
押入れの奥には、まだわたしに何か思いがけないものを見せてくれる何かが、きっと眠っているかもしれない。



