
もれなく、わたしも「おじさん」なんだよね
届いたデータに、思わず笑ってしまう
配信を始めて数ヶ月が経った番組の、リスナー分析データを眺めていた夜のこと。
年齢層のグラフを見て、思わず声が漏れた。
四十代から五十代の男性が、その大部分を占めている。
正直に言えば、想定していた層とはまったく違っていた。
三十代の、もう少し軽やかな空気を纏った番組をイメージしていたはずだった。
けれど画面に映るのは、いわゆる「おじさん」と呼ばれる世代の姿だった。
不思議と、落胆はしなかった。
むしろ、じんわりと面白がっている自分がいた。
だって、わたしもおじさんだからなぁ

ずれていく想定、近づいていく現実

三年前、前の番組を始めたころには、勢いのようなものがあった。
新しいことを始める高揚感が、話す言葉の端々ににじみ出ていたように思う。
けれど今の番組は、あのころとは違う温度で進んでいる。
そのことに、寂しさよりも納得感のほうが大きい。
考えてみれば、わたし自身も39歳という年齢を迎え、まもなく四十代に足を踏み入れようとしている。
自然と語る話題も、興味の対象も、少しずつ落ち着いた方向へと流れていく。
無理に若さを装う必要なんてどこにもない。
年相応の話し方、年相応の間合い。
それを面白がってくれる人たちが、静かに集まってきてくれている。
考えてみれば、この世代はラジオという文化に長く親しんできた人たちでもある。
深夜にラジオを聴きながら育った耳には、ポッドキャストという形式もすんなりと馴染むのかもしれない。
想定していた読者層とは違う場所に、思いがけず心地よい居場所が生まれた気がする。不思議。
二つの部屋を持つような、気楽さ
現在運営しているポッドキャスト番組『夜の独り言』では、
「本編」と「アフタートーク」という二つの軸で構成を続けている。
本編では、ある程度筋道を立てた話をする。
アフタートークでは、その緊張を解いて、もっと肩の力を抜いた雑談をする。
まるで二つの番組を、同時に運営しているような感覚がある。
この棲み分けが、思いのほか気楽さを生んでくれている気がしている。
一つの番組ですべてを背負おうとすると、どうしても一貫性や統一感を求めてしまいがちになる。
けれど部屋を分けてしまえば、それぞれの場所でまったく違う自分でいられる。
本編では少し丁寧に、アフタートークでは少し砕けて。
その切り替えのしやすさが、続けていく上での小さな支えになっている。
リスナーの側からすれば、時々戸惑うこともあるかもしれない。
本編とアフタートークで、扱う話題の温度がまるで違うのだから。
けれどその違和感さえも、いつか1つの個性として馴染んでいってくれたらいい。
そんな気楽さで、今はこの二軸の運営を続けている。

夜という時間に、そっと寄り添う

「夜の独り言」という番組名を、あらためて眺めてみる。
夜という時間は、誰もが少しだけ本音に近づく時間なのかもしれない。
四十代、五十代という年齢を重ねた人たちが、夜な夜なこの番組に耳を傾けてくれている。
その姿を想像すると、なんだか温かい気持ちになる。
新規リスナーを増やすことばかりに気を取られていた頃もあった。
けれど今は、集まってきてくれる人たちの顔ぶれを、そのまま受け入れたいと思っている。
想定とは違う場所に流れ着いた縁も、それはそれで一つの必然だったのかもしれない。
年齢を重ねるということは、話す言葉の色も、少しずつ変わっていくということ。
その変化を恐れず、むしろ楽しみながら、これからも夜の時間に、静かな言葉を届けていきたい。



