10秒の永遠――『ひゃくえむ。』が問いかける、ガチになることの哲学

「100mだけ誰よりも速ければ全部解決する」

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作品概要

タイトル: ひゃくえむ。
作者: 魚豊(うおと) / 代表作に『チ。―地球の運動について―』がある、今最も注目される漫画家の一人。
制作・連載: 講談社「マガジンポケット」にて2018年から2019年にかけて連載。全5巻(新装版は上下巻)。

【あらすじ】
⽣まれつき⾜が速く、 「友達」も「居場所」も⼿に⼊れてきたトガシと、⾟い現実を忘れるため、ただがむしゃらに⾛っていた転校⽣の⼩宮。
トガシは、そんな⼩宮に速く⾛る⽅法を教え、放課後 2 ⼈で練習を重ねる。
打ち込むものを⾒つけ、貪欲に記録を追うようになる⼩宮。
次第に 2 ⼈は 100m ⾛を通して、ライバルとも親友ともいえる関係になっていった。
数年後、天才ランナーとして名を馳せるも、勝ち続けなければいけない恐怖に怯えるトガシの前にトップランナーの⼀⼈となった⼩宮が現れるー。

極限の短さに宿る、永遠という矛盾

アニメ映画『ひゃくえむ。』は、100メートル走に人生を賭ける高校生たちの物語です。

10秒にも満たない時間。

けれど、その一瞬のために何年もの鍛錬を重ね、心も身体も研ぎ澄ませていく。

そこには、明らかに「永遠」が宿っていました。

この作品の白眉は、最後まで勝敗を明確に描かない点にあります。

雨の中の決勝戦、張り詰めた空気感、息を呑む演出。

そして、観客である私たちもまた、その競技場の一員になったような錯覚を覚えます。

どちらが勝ったのか。

それはもはや、重要ではないのかもしれません。

大切なのは、その10秒間に彼らがどれほど真剣だったか、という事実そのものです。

不安とは、君自身が君を試す時の感情だ

作中、財津というキャラクターが放つ言葉が胸に突き刺さりました。

「不安とは君自身が君を試す時の感情だ」
「人生なんてくれてやれ」。

20歳の原作者が紡いだこれらの言葉には、圧倒的な熱量があります。

私は凡人です。

何かひとつのことに全身全霊を傾けた経験も、その一点だけに研ぎ澄まされた人生を歩んだこともありません。

けれど、この作品を観ながら思うのです。

もし自分が、たったひとつのことに「ガチになる」ことができたなら、世界はどう見えるのだろうかと。

「安全は愉快ではない、恐怖は不快ではない」「失敗は無意味を意味しない」。

これらの哲学は、勝つことよりも、真剣であることの価値を教えてくれます。

凡人である私たちが、それでもこの作品に救いを見出すのは、ガチになること自体が幸福だと示してくれるからではないでしょうか。

疾走する身体が教えてくれること

雨の決勝シーンの作画は圧巻でした。

滴る雨、息遣い、筋肉の躍動。
それらすべてが、観る者を当事者に変えてしまう力を持っていました。

スクリーンの向こう側で疾走する彼らと、スクリーンのこちら側で息を呑む私たち。

その境界線が、一瞬だけ溶けるような感覚がありました。

納得という、もうひとつのゴール

私たちの多くは、人生の中で「これだ」と言える何かを見つけられないまま、日々を過ごしています。

それでも、この作品は教えてくれます。勝敗ではなく、ガチになれたかどうか。

その一点において、人生には「納得」という着地点があるのだと。

100メートルを走り抜けた先に待っているのは、必ずしも金メダルではありません。

けれど、全力で駆け抜けたという事実は、誰にも奪えない永遠になるのです。

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