
健康診断は、午前中に予約を入れていた。
6月1日の、疲れた朝
6月1日。30度の陽気の中、日傘を持って家を出た。
翌日以降は台風が来るという予報だったので、今日のうちに済ませておきたかった。
予約枠があるとはいえ、当日はかなりの混雑だった。
検査室の前の椅子が埋まり、立って待つ人が出るほどだ。
受付の人も、技師の人も、なんとなく機嫌が悪そうだった。
悪そう、というより、余裕がなかった。
次から次へと来る人をベルトコンベアのように捌いていく。
工場で働いているような時間の流れの中に、自分も乗せられていく感覚がした。
待合室という、人間の縮図
待ちながら、いろんなものを見た。
受付の目の前で、スーツケースを持ったサラリーマンが揉めていた。
どうやら海外から直行してきたらしく、事前に準備すべき書類がそろっていなかった。
しかも予約を会社の人間に丸投げしていたため、何が必要だったかも把握していない。
そのことを会社の人間に電話で怒鳴っていた。
受付の人に「一旦お下がりください」と言われても「今、話つけてるから待ってろ」とキレる。
あれが「カスタマーハラスメント」というやつなのだろうと思いながら見ていた。
隣のブロックでは、椅子に座ったまま完全に意識を失っているおじさんがいた。
よだれも垂れていて、いびきをかいていた。
うっすら酒の匂いもしたような気がする。
二日酔いだったのかもしれない。ここは家ではないのだけれど。
そして、貧乏ゆすりが止まらないおじさんがいた。
両足で16ビートを刻むような速さで揺れていて、そのうち上半身もエアドラムのように動き始めた。
10分ほどそれが続いたかと思うと、立ち上がって廊下の端から端まで行き来し始めた。
ぶつぶつと小声で呟きながら。
ニコチン切れだったのだろうか、
消えた店員のミステリー

帰り際に、駅ビルの300円ショップへ寄った。
園芸用のミストシャワーボトルを買うためだ。
レジに並んだのだけれど、店員さんが見当たらない。
2〜3分待っていると、後ろにもお客さんが並び始めた。
呼び鈴を探したけれど、ない。
後ろのお客さんと顔を見合わせて、二人で手分けして店内を探した。
でも、どこにもいない。
スタッフオンリーのドアをノックしてみたけれど、反応もなかった。
二人でしばらく待っていると、やっと店員さんが戻ってきた。
でも「お待たせしました」という素振りは特になかった。
事情を話すと、「え?普通に店内にいましたよ。
レジが見えるところで作業してましたが、並ばれてるの見えなかったんです」と言う。
え?と思った。後ろのお客さんも「え?」と言っていた。
二人で手分けして探したのに、見えなかった。
店員さんには我々が見えていなかった。
どちらの認識が正しいのか、今でもわからない。
東京のどこかで、時空が歪んでいたのかもしれない。
この街の、余裕のなさ

帰り道、少しぐったりしていた。
採血のせいだけではないと思う。
慣れない場所で、大勢の緊張した人たちに囲まれていたせいだ。
東京という街のあちこちに、そういう「余裕のなさ」が満ちている。
人が多すぎるのに、働く人が足りない。
一人一人の負荷が上がりすぎていて、誰もがギリギリのところで動いている。
そのしわ寄せが、あちこちの場面で滲み出てくる。
買えたミストシャワーボトルは、植物への水やりに活躍している。
異世界に飛ばされなくて、よかった。
東京という場所は、こういう小さな「ズレ」が積み重なる街だ。
誰もがギリギリで動いていて、その余波が見知らぬ人同士の間にも漂っている。
それでも今日も、なんとかやり過ごすことができた。



