自分の言葉の温度感を失わないために

当ブログで記事を書くようになって、久しぶりに自分の言葉を文字にするという表現を再開しているのだけれど、

最近、私自身の言葉の温度感やテンポをどう守るべきか、

そのことばかり頭の中でぐるぐる考えている。

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最近の記事の書き方

というのも、実はここ1ヶ月ぐらい、当ブログの記事は下記のような感じで執筆しています。

(参考までに、ここ1ヶ月ほどの執筆の流れはこんな感じです。)

1 メモ帳に思いのままにだだーっと書き殴る(思いついた時に思考メモをすることもある)

2 1で書いたメモをGeminiに投げて、Claudeで文章を整えつつ、私らしい言葉に直すようにプロンプトを作成させる

3 Claudeで生成された文章やタイトル、見出しなんかをWordpressに貼り付ける

4 記事に合う雰囲気の画像をミッドジャーニーという生成AIで作り、アイキャッチ画像やら挿入画像に入れ込む

5 その他、投稿時の設定調整やらX投稿文の調整なんかをAIにサポートしてもらいつつ、最終確認して記事等を投稿

という流れで書いています。

いや、AIが絡むところ多すぎだろというツッコミはよく分かります。

自分で手を動かしたのって、最初のメモ帳に殴り書きだけだろと・・・。

着飾った言葉を読みたいか?

なんていうか、殴り書きの文章を綺麗にまとめるというか

読みやすくしなくては

という意識があるんだよね。

いわば、寝巻きのまま外出は出来ん。ひとまず服着て髪の毛整えて、他所行きの格好を整えなくては

って感覚に近いかも

そんなこんなで、体裁のいい文章にしているのですが、

なんていうか、改めて出来上がった記事を読むと、

確かに私の言い回しや言葉のトーンは似てるし、書いてある内容も正確に描かれている

けど、

けどさ、

なんていうか、言葉の中に宿る「魂」みたいなのがごっそりと抜け落ちた文章がそこにある感じがするんだよね

書き手を感じられる言葉こそ触れていたい

確かに読みやすい記事はいいと思うのだけれど、

私が当ブログで書いていきたい記事っていうか、

私自身がブログ記事を読むのが好きだからこそ、

書き手の心の中からの本音や叫びのような、感情のこもった言葉を読みたいと思うんだよ

確かに色々なAIがあって活用すると便利なんだけど、

人間らしさというのはやっぱりAIが介入すればするほど失われていく感覚がする

ということで、

これからは読みづらいかも。

手書きで書いていこうかなと思っています。

ブロガーだけでなく言葉を書く人できっと、AI使えばいくらでも綺麗な記事書けるじゃん

って思ってる人も多いだろうし、実際そうなんだろうけど

私は少なくとも、言葉の先に書き手の輪郭がぼんやりと感じられる文章や紡がれていく言葉の方が好き

温かみのある言葉に触れていたいよね

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