
冷蔵庫を開けると牛乳が大量に残っていた。
牛乳と、一日の使い道
賞味期限が気になるほどではないけれど、このままでは使い切れないかもしれない。
外出もできないし、トレーニングも筋肉痛でお休みの日だ。
ならば、と思った。パンを焼こう。
牛乳をたっぷり使うミルクロールなら、一度にかなりの量を消費できる。
材料を量り、台を引っ張り出し、エプロンをつける。
台風の音を背景に、一日が始まった。
捏ねている間、頭が静かになる

牛乳を生地に混ぜると、普通のパン生地より少しやわらかくなる。
最初は手にべたつくような感触で、「水分が多すぎたかな」と少し不安になる。
でも捏ね続けると、だんだんと生地が落ち着いてくる。
べたつきが減り、弾力が生まれ、表面がなめらかになっていく。
その変化が手のひらに伝わってくる感覚が好きだ。
捏ねている間、頭の中のノイズが止まる。
台風のことも、出社の話も、SNSの通知も、全部が遠のいていく。
手だけが動いていて、意識は生地の感触だけに向かっている。
これが、パン作りをやめられない理由のひとつだ。
日常の中で「頭を空にできる時間」は、思ったより少ない。
スマートフォンを触れば何かが流れ込んでくるし、テレビをつければ音と映像が飛び込んでくる。
でも手を動かしているとき、その隙間が自然に閉じていく。
パン作りは、わたしにとって一種の瞑想だ。
台風の日のように、外との繋がりが強制的に断たれる日は、特にその感覚が強くなる。
外の喧騒から切り離されて、台所だけが世界になる。
その小さな世界の中で、粉と水と手が対話している。
捏ねることは、考えることをやめることではなく、考え方を変えることだ。
前回より、上手くなっている
一次発酵、成形、二次発酵。
オーブンを予熱して、焼く。
カスタードの甘い香りが台所から部屋全体に広がり始めたとき、焼き色を確認した。
いい感じだ、
前回作ったときよりも、均等に膨らんでいる。生地の張りも悪くない。
オーブンから出したパンをしばらく冷ましてから、一口食べた。
ふわふわだった。
ミルクの甘みがあって、しっとりしていた。
これは成功だ。
毎回、少しずつ上手くなっている。
大げさな成長ではなく、ごくわずかな精度の向上。
それが積み重なって、「前回よりいい」という手応えになる。
その小さな成長の喜びが、また次も焼きたいという気持ちにさせる。
自分で育てたものを、食卓に乗せる

夕飯も、台所で過ごした。
家族がメモしてきていたレシピを何品か作った。
その中で一番喜ばれたのが、大葉を使った鶏ひき肉ハンバーグだった。
大葉は、ベランダで育てているものだ。
自分で水をやり、毎日様子を見てきたものを、今日の食卓に乗せる。
それだけのことなのに、どうしてこんなに気持ちがいいのだろう。
育てる時間と、食べる時間が繋がっている感覚。
どこかで買ってきたものとは違う、自分の手が介在している確かさ。
なんだかんだで、今日は料理で終わった一日だった。
台風の嵐の外で、わたしの一日は静かに、美味しく、閉じた。
外出できない日は、予定がないかわりに、時間が手のひらに戻ってくる。
どこへも行かなくていい。何かを達成しなくていい。
台所に立って、捏ねて、待って、焼く。
その繰り返しの中に、一日分の充実がある。
台風というのは迷惑なものだけれど、台所に閉じ込めてくれる日でもある、とわたしは思っている。
強制的に「外の世界」から切り離されて、家の中だけに集中できる。
その静けさを、今日はパンと一緒に受け取った。
ミルクロールはふわふわで、大葉のハンバーグは香ばしかった。
台風の日の、おいしい記録として残しておこうと思う。



