
ホームセンターの園芸コーナーは、この季節、特別に賑やかだ。
4種類の苗を、選ぶ楽しさ

色とりどりの苗が並んで、どれも「育てて」と言っているようだ。
プランターや土袋が山積みになって、虫よけスプレーや支柱が並んでいる。
普段は素通りする場所なのに、春になると足が止まる。
迷いながら選んだのは、ミニトマトが4種類。
アイコ、千果、イエローアイコ、そしてもうひとつ、名前は忘れてしまったけれど色が綺麗だったもの。
それからバジルと大葉。かごの中がみるみる賑やかになった。
選ぶ時間が好きだ。
まだ何も始まっていないのに、もう夏の収穫を想像している。
この「始まる前の期待感」は、何にでも共通して、一番甘い瞬間だよね
「袋のまま植えられる土」という発見
今回試してみたのは、袋のまま植えられる培養土だ。
袋に穴を開けて、そこに苗を植えるだけ。
プランターや植木鉢を用意しなくていい。
スペースも取らないし、シーズンが終われば袋ごと処分できる。半
信半疑で試してみたのだけれど、思いのほかやりやすかった。
土の量も程よくて、小ぶりなミニトマトには十分な深さがある。
実験的な試みが好きだ。
うまくいくかわからないけれど、「やってみる」という選択が、庭仕事を飽きさせない。
去年と同じやり方をするより、毎年何か一つ試してみることで、少しずつ知識が積み重なっていく。
失敗しても、それも来年に繋がっていく
未来の楽しみを、今日に置く
苗を植えながら思うのは、数ヶ月後のことだ。
夏の終わりに、赤や黄色のミニトマトが実るかもしれない。
バジルの葉が茂って、パスタに散らせるかもしれない。
大葉が青々として、冷奴の上に乗るかもしれない。
まだ何も実っていない。
でも、その「かもしれない」が今日を豊かにする。
未来の楽しみを、今日に置く。
それは単なる期待ではなく、毎日少しずつ水をやり、葉の様子を確認し、土の乾き具合を感じることで、日常の中に「観察する理由」が生まれるということでもある。
タスクをこなすための一日ではなく、何かを育てている一日になる。
ちょっとだけ毎日が楽しくなるもんだ
育てることの、余白

植物を育てることは、思いどおりにいかないことも割と普通にある。
天気に左右されて、病気になることもあって、実がならないこともある。
水をやり忘れたり、逆にやりすぎたりする。正解がわからないまま、観察しながら対処していく。
でもそれが、いい。
結果をコントロールできないものに関わることで、わたしの中の「なんとかしようとする力」が少し緩む気がする。
水をやって、あとは待つ。そのシンプルさの中に、深い余白がある。
ミニトマトが実るころ、夏が来ている。そ
のころ自分は何をしているだろう、と想像しながら、今日も水をやる。
植物は、嘘をつかない。
水が足りなければ葉が垂れる。日光が足りなければ色が薄くなる。
その正直さが、わたしは好きだ。
人間関係なんかは複雑で、言葉は多義的で、感情は矛盾する。
でも植物の前では、正直に水をやるか、やらないか、それだけがある。
その単純さが、日常の中の「静かなリセット」になっている。
庭のある暮らしは、そういう意味でも、わたしの心の柱になっている気がする。
夏の収穫が、今から楽しみ。
ミニトマトを育てながら、文章を書くこととよく似ているな、と思う。
毎日少しずつ手をかけて、すぐには結果が出なくて、でもある日突然、色づき始める。
そのときの喜びは、努力と時間が実った喜びだ。焦らなくていい。ちゃんと育つから。
そう自分に言い聞かせながら、今日も苗の根元にせっせと水をあげる。



