
ネット活動をしていると、ふと心の中でよぎることがある
「もっと読まれたい」
「どうしたらもっと聴かれるかな?」
もっと・・・。
という気持ちが頭の中で大きくなってきたら、少し手を休める時期なのかもしれない
安定して「続けていく」為には、読者やリスナーの存在を忘れるぐらいが心地よく発信できる

ブログ記事を書くのでも、ポッドキャストを配信するのも、
どちらも表現方法の1つとして、個人的な趣味として活動しています。
仕事ではないので、あくまでも趣味。
楽しく続けられたらいいな、そんな感覚を大切にしていきたいと思ってる
そんな個人的な趣味としての発信活動ですが、どうしても「もっと」多くの人に届いてくれたらいいなぁ
と思ってしまう時期ってあるんです
かつてSEOライティングをやっていた頃などは、ユーザーのニーズを調査して、それに沿った記事を書いていたことがあります。
まだGoogle様の攻略もわりと簡単だった時代です
当時は、しっかりと攻略して書いていたので、しっかりと検索結果にも反映されて、PV数やアドセンスの収益などもそれなりに結果が出ていました。
ですが、記事を書くこと自体がただの作業となって、書けばかくほど、心が擦り減っていくような感覚もありました。
それから数年経ち、SNSにも疲れ果てて、思い悩んだ挙句に立ち上げたのが当サイトになります。
自分の好きなことを詰め込んだ、どこまでも自由気ままなサイトにしよう
ネットの騒々しい空気からも少しだけ距離を置いた場所がほしい。
自分に合う空気感の場所がないなら、自分で作ろう。
そんな動機で勢いのままに、サーバー契約してドメイン取得して、、、
無事に立ち上げたサイトで思いのままに記事を書く。
それだけで十分楽しいのですが、立ち上げから数ヶ月。
様々なSNSなどの外部プラットフォームも窓口・宣伝ツールとして活用していく中で、
じわり、じわりと心の中で、
もっと・・・。
という声が聞こえてる感覚になっていました。
この感覚って、ネットで活動されている方なら、誰しもが感じることだと思うのですが
個人的には、じぶんの中でこういう声が大きくなりすぎたら、ちょっとこれは良くないな。と黄色信号
SEOライティングに疲弊して、SNSにも馴染めず、やっと落ち着く活動拠点を得たのに、
過去の空気感に似た、焦燥感みたいなものを感じ始めてる自分に驚きました
あぁ、これはダメな方向だ
読者とかリスナーとか、そういう存在を意識しすぎたら、なんかダメな気がする
そういう方向性の活動スタイルはじぶんらしくないな
基本的には「読まれない」「聴かれない」と思ってるぐらいが丁度良い

元も子もないですが、当サイトはあまり多くの人に注目されるようなサイトでなくていいと思っています。
そりゃ、多くの人に読まれて、反応もらえたら嬉しい。ふつうに嬉しい
けど、そうじゃなくて、当サイトもわたし自身の活動スタイルとして、
・じぶんを大切にしたい人。
・世間の騒々しい音やノイズから少しだけ距離を置きたい人。
・SNSなどの流れが早く情報量が膨大な空間に疲れた人。
そんな人に向けて、心地の良い時間を一瞬でも提供できたらいいな、
まぁ、わたし自身が上記に当てはまるので、要はじぶんと似た感覚の人にだけ伝わればいいな。
そんな感じ。
世間では、ニーズの多い分野に寄せて、そこに合わせて発信することが正解。
と、言われていますし、実際に多くの人に目に留まりやすいスタイルで発信活動をされている方も多いですよね
けど、わたしの場合は、そういう多くの人向けの発信内容をしていたら、なんだか凄く疲れる
だから、記事を書くにせよ、音声配信するにせよ、楽曲配信やイラスト制作などをする際には、
「基本的には誰にも読まれないし、聴かれないだろう」
と、少しだけ心のお守りのような心持ちでいることを意識しています。
その方が、じぶんの内面に向き合えるし、変に取り繕ったり、綺麗に着飾った言葉にならないから
コンテンツを作る人次第だとは思いますが、わたしの場合は、じぶんと向き合って、その中で出てきた言葉や感情を丁寧に掬い上げて、どういう形で表現するとしっくりくるのか?
勿論、作品として世に出すことになるので、伝え方や伝わりやすいか?
といった面にも注意を払いながら、制作しています。
けど、作り上げてインターネットの片隅にそっと置いて、
好きな人は気ままに手に取って、想いのままに楽しんでください。
あとはお客様次第。お好きにどうぞ。
そんな感覚で居続けることが、じぶんらしいスタイルだなと
ニーズに合わせすぎると苦しくなる

とはいえ、わたしも人間なので、世間の風潮や流行は少なからず影響を受けて生きています
まぁ、SNSの流行にはうといですし、教えてもらっても楽しみ方がよく分からないタイプなのですが・・・汗
無意識でも世の中のニーズを意識してしまう感覚ってあります。
ただ、あまりニーズに寄せる方向で発信することはしないように意識しています
例えば、
・タイトルは思い切り、煽り文句や流行のキーワードを入れ込む
・書き出しは、常識を否定する形から始めて引きをつくる
・断言口調で強めに結論を発信する
などなど。
ほんの一例ですが、世間一般では上記のようなテクニックってありますよね
こういう手法は注目を集める手段では有効ですが、わたしはあまり好きではないです
なんか、道を歩いてたら、店先でマイクや広告で「セール開催中!20%OFF!!」って広告をネオン付きの看板で客引きしてる店員さんみたいだなぁと感じてしまう
こういう小手先のテクニックだけでなく、記事やポッドキャストでの題材やテーマなどでも、ウケがいいテーマをあえて選んで取り上げることは基本的にしない
たまたま自分の興味関心が一致していることが世間の流行と被る場合はあり。
ですが、あえて数字ウケが狙いやすいような方向に寄せに行ってしまうと、途端にじぶん自身の言葉ではなくなっていく感覚があるんですよね
特に、ポッドキャストなどの音声配信の場合は、気持ちが声として乗る。ので、
わりと「着飾ってる」感が出てしまいますし
じぶんでやっていて、楽しくないなと感じてしまうのもありますが
おわりに
今回は、発信者なら一度は感じたことのある、「読まれたい」「聴かれたい」という欲求との、わたしなりの距離のバランスについて。
特に、こういう気持ちが強くなるときって、SNSとの接触時間が増えるとその傾向がある気がするので、改めて、SNSはツールとしてのみ使うようにしようと思います。
あと、そうは言っても、コメントやDMなどでご感想をいただけると、飛び上がるぐらいに嬉しいです
誰にも伝わらないだろう。
と思って、期待しないでいることで、実際に誰かに伝わった。という事実には、普通に感動しますし、心が温まる感覚があります。
このジレンマみたいな感覚は、発信活動をしていく中で永遠の課題なのかもしれませんね。



