
AIに聞けばなんでも教えてくれる時代になったけど、
それでもインターネットの上でたまたま出会えた記事をつい読んでしまう
ふと、思うのである
あぁ、わたしは個人サイトやブログが好きなのかもしれないなぁ
雑記って最高に面白い

インターネットで発信活動をしていると、しばしば「有益な情報を」「ペルソナを意識して」「キーワードに即した」「SEOに適した」などなど。。。
そんないわゆるネットマーケティングの情報が当たり前のように目にします
それこそ、Googleや各種SNSでは、それらしい”いかにも”正解という記事ばかりが出回ってます
マーケティング的には、それは常識だし正解だとは思う。(実際に、わたしもSEOライティングやってた身ですからね)
けどさ、どうも昔からわたしは「雑記」を見つけるたびに、読んでしまう
たまたま偶然見つけた記事は、目的のキーワードで引っかかった、個人の体験談や試行錯誤した記録だったり、個人の悩みごとを整理した内省記事だったりする
たしかに、その記事を読むことで、私が知りたかった情報の一部の答えはわかるのだけれど
それ以上に、その記事の書き手の思想や内省が滲み出ている文章であったり、サイトのデザインであったりすると、その人の他の記事もついつい読んでしまう
不思議なことに、他の記事で何か自分にとって有益な情報が得られるのか?
というと、そんなことは全然なくて、全く知らなくてもよい、大した内容でない記事がほとんどだったりする
けど、そんななんでもない(大して役に立ちそうな情報は載ってない)記事だからこそ、つい読んでしまう
つまり、わたしは雑記が好きなのである
おそらく、わたしにとって個人のサイトやブログ記事というのは、
SNSなどの短い投稿では味わうことができない、誰かの頭の中や心の中を垣間見ている感覚。
そして、書き手が見ている世界を想像して読み進める体験が楽しいと感じるからなのかもしれない。
わたしだけではないという感覚が味わえるからなのかも

インターネット上では近年のアルゴリズム的に、ある程度の「型」が存在します。
いわゆる「正解」といわれる情報のまとめかた、キーワード選定、動画であれば尺や展開のパターンなど。
それらは全て、ビジネスとして行われている商品であって、わたしから言わせると、チェーン店に並んでる綺麗にパッケージされた商品がどこに行っても陳列されているように見える
あぁ、はいはい。
このパターンの展開でこういうキーワードに沿った内容で、起承転結も入れて、補足情報も入れて、トッピングに効果音だったり煽り文句を盛り付ければ完成ってやつね
って感じ。
なんか、違う。
わたしがホントに触れたいのはそんなのじゃない。
わたしが心動かされるのは、もっと普通の記事だったり動画だったり、そういうやつなんだよ
SNSでは「キラキラした部分」を綺麗に切り取ってうまく見せることばかりですが、
わたしはそういうコンテンツには心惹かれない
わたしがつい読んでしまうブログ記事や個人サイトって、
もっと泥臭い本音や失敗談が赤裸々に語られていたりする。
今日の昼飯は珍しく1000円以上のメニューにして自分にご褒美だぜ
とか、そんなありふれた些細な内容で十分である
まるで、自分もその場にいるかのような、一緒にその空気を味わったかのような、
書き手の人生のリアルなワンシーンを感じられるような
こんなふうに感じられる普通の記事が好きなんだよなぁ
なんか、わたしだけじゃないんだよなぁ。
と一種の安心感を味わえるからなのかも
思考の深さに触れる楽しさ

昔から、長文を読むのが苦手。読書が苦手。
って人に出会ったことがいままでもある。
不思議なことに、社会人になってお仕事で出会う人の中にも、こんな感じで「長文読むの苦手なんで、イントロとラストだけ流し読みしてます(笑)」と苦笑いしながら言う人もいた
わたしからすると、こういう人ってすごく不思議だった。
なんていうか、世の中には「思考したくない人」というのが一定数、ってか結構な割合でいるらしい
(大人になってから、驚いたのだけど)
まぁ、読書が苦手。ってだけで、思考が苦手。って結論づけるのも少し乱暴な気もするが。。。
同時に感じたのが、
「だから、SNSが流行ってるのかぁ・・・。(というか日本人ってSNS好きだよな)」
こちらも極論に近いけど、世間的には短文やショート動画など、とにかく思考しなくていいコンテンツが人気らしい
電車の中などでも、tiktokのショート動画を3秒ずつ、延々に30分スクロールしながら見てる人とかいるよな
あれの何が楽しいのか、いまだに理解できないんだけど、
どうやら世間ではあれが良いらしい
それとは逆で、ブログ記事や個人サイトは短時間では伝わりきらない「なぜそう思ったのか?」という問いみたいなのを楽しめる人向けのコンテンツなのかも
書き手が何を思って、何を感じて、どういう思考で行動したのか?
これらのプロセスを終えるのが醍醐味である
書き手の独特の視点や深い考察、予想もしなかった語彙なんかに触れると、自分の世界も少しだけ広がった気がする。
深く味わえる。
この感覚が好きだから、わたしは個人サイトやブログ記事を読んでしまうのかもしれない
静かな読書時間のような心地よさがある
SNSはとにかく次から次へと情報が流れていく
1つのコンテンツに費やされる時間なんて、数秒の世界である
そんな絶え間ないSNSの喧騒から離れて、書き手と読者の1対1で文章に触れあう時間
これって、読書体験と同じで、不思議と心に落ち着きを感じられます
そっと、静かな時間を過ごしたいなぁ
日常的にそんな風に考えてるからこそ、個人のありふれた雑記に惹かれるのかも
まとめ

今回はわたしが個人サイトやブログ記事をつい読んでしまう理由について考えてみました
最近では、個人サイトやブログ記事に出会えることが難しくなってきていますが、偶然、素敵なサイト様や書き手様に出会えたら、その出会いに思わずニヤっとしてしまいます
有益な情報だけが必要とされているこの時代に、わたしは役に立たない普通の雑記こそが必要なのでは?
と感じている今日この頃です。



