未来の自分へ贈る、15分の真空パック

日曜の午後、業務スーパーの駐車場に立っていた。

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まるで業者の仕入れ

空は白みがかった水色で、風がすこし冷たかった。

カートの中には鶏むね肉のパックがいくつか、それから豚バラ、合いびき肉。

ずらりと並んだ業務用サイズの棚を前にすると、いつも少し笑ってしまう。

この規模感は、日常の買い物というよりも、どこかの厨房の仕入れに近い。

でもそれでいい、とわたしは思っている。

必要なものを、必要なだけ手に入れて帰る。
それだけのことが、妙に清々しい。

家に戻り、エプロンをつけて、粛々と作業を始める。

肉を小分けにして、ラップで包み、フリーザーバッグへ。
空気を丁寧に抜いて、封をする。

ラベルに日付を書いて、冷凍庫の奥から順に並べていく。

かかる時間は、だいたい15分ほどだ。

音楽をかけていることもあるし、何も流さずにいることもある。

手だけが動いて、頭がすこし空っぽになっていくこの感覚を、わたしは密かに好んでいる。

思考が停止するのではなく、ただ静かになる。

日常の中で意外と少ない、その種の時間だ。

地味な作業だ。
華やかさとは無縁で、誰かに見せるものでもない。

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でも、この15分が好きだ

なぜかと考えたとき、これは未来のわたしへの、静かな贈り物だと気がついた。

3日後、5日後、仕事でくたびれて帰った夜のわたしが、冷凍庫を開けたとき、すでに下ごしらえの済んだ素材がそこにある。

それだけで、その夜に使える心の余白が、少しだけ広がる。

鍋に何を入れようか迷う代わりに、ぼんやりと窓の外を眺める時間が生まれる。

疲れた頭が、少し静かになる。

慌ただしい平日の夜でも、ちゃんと食べることができる。

ただそれだけのことが、翌日の自分の土台を作っている。

効率化、という言葉は、どこか冷たく聞こえることがある。

タイムパフォーマンス、コスパ、無駄の削減。

そういった言葉と同じ棚に並べられると、「効率化」はまるで人間から余情を削ぎ落とすもののように感じられてしまう。

生産性のために生きているのではないのに、生産性のための行動ばかりが称えられる。

そのうすら寒さを、わたしもどこかで感じていた。

でもわたしが日曜の午後に肉を小分けにするのは、そういうことではない。

今この瞬間に15分を使うことで、後の自分が静かな時間を手にできる。

それは節約でも義務でもなく、もっとやわらかいものだ。

「忙しい日でも、ちゃんと食べてね」という、自分自身への言伝のようなもの。

あるいは、暮らしを丁寧に続けていくための、小さな誓い。

料理をすることが好きだからこそ、疲れ果てた夜に料理を憎まなくていいように、今の自分が準備しておく。

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これは未来の自分への、やさしさだ

冷凍庫に素材が整然と並ぶ様子を見て、すこし満足する。

この静かな充足感は、当サイトに文章を書き終えたときの気持ちに、どこか似ている気がする。

完成したものの達成感ではなく、「続けていける」という安心感に近い。

仕組みを整えることは、何かを成し遂げることではなく、日常をやさしく支えるための土台を作ることだ。

先々の自分を信頼して、今を丁寧に生きる。

そういう小さな積み重ねが、暮らしの質をじわじわと変えていくのだと思う。

派手な変化ではない。
劇的な自己改革でもない。

ただ日曜の午後に15分を使って、冷凍庫に素材を並べる。

それだけのことが、何日か後の自分の夜を、すこし穏やかにする。

それは効率化という言葉よりも、「準備」という言葉の方がしっくりくる。

あるいは「未来の自分への手紙」。宛名は自分で、消印は今日の日付。

誰かに褒めてもらえなくてもいい。

15分の真空パックは、世界で一番地味な、静かなプレゼントだから。

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