
ログイン画面に、見慣れない表示が
久しぶりに、映画の記録アプリを開こうとしたときのことだった。
いつものようにログインしようとしても、なぜか受け付けてもらえない。
何度か試すうちに、はっきりと分かった。
アカウントが、乗っ取られてしまっていた。
これまでコツコツと積み重ねてきた、鑑賞記録の数々。
観た映画のタイトル、その日感じた感想、星の数で表した評価。
そうした個人的な記録の蓄積が、一夜にして、自分の手の届かない場所へと消えてしまった。
新しいアカウントを作り直すしかなかった。
けれど、これまでの記録は、当然ながら戻ってこない。
過去に何を見たか、思い出そうとしても、記憶はあやふやで、正確には辿れない。
積み重ねてきた時間そのものが、静かに奪われてしまったような、そんな喪失感があった。
姿を消さない、暗躍する存在
そして、もう一つ。
以前、個人サイトの問い合わせフォームを悪用し、他人のメールアドレスを使って嫌がらせのようなメッセージを送りつけてきた、あの出来事。
てっきり、一度きりの出来事だと思っていた。
けれど、その後の情報を辿ってみると、どうやらその行為は、今もなお続いているらしい。
複数の個人サイトに対して、同じような手口で、今も暗躍しているらしい
一体、何が楽しいの?
そう問いかけずにはいられない。
顔も名前も明かさず、ただ誰かを困らせることだけを目的に、静かに、けれど執拗に、行動を続けている存在。
その事実を知ったとき、あらためて、インターネットという場所の底知れなさを感じるよね

二つの出来事に、共通するもの
Filmarksのハッキングと、なりすましによる迷惑メール。
一見、まったく別の出来事のように思える。
けれど、その根底には、共通するものがあるように感じている。
どちらも、見えない誰かによって、こちらの意志とは無関係に、大切なものが脅かされるという構造だ。
積み重ねてきた記録。
丁寧に築いてきた発信の場。
そうした、時間をかけて育ててきたものが、顔の見えない悪意によって、いとも簡単に傷つけられてしまう。
その理不尽さに、静かな怒りと、同時に、どうしようもない無力感を覚える。
個人サイト運営者が、本来求めているもの

個人サイトを大切に運営している人たちの多くは、そもそも、こうしたネット上のトラブルから距離を置きたいと願っている人が多いのではないかと思う。
SNSでの陰湿なやり取りに疲れ、もっと静かで、穏やかな場所を求めて、この個人サイトという小さな部屋にたどり着いた。
そういう経緯を持つ人が、決して少なくないはずだ。
だからこそ、こうした形で、ネットの悪意に触れなければならない状況は、余計に理不尽に感じられる。
静かな場所を守りたいと願う人間が、静かでいられないような出来事に、次々と巻き込まれていく。
その皮肉さに、疲れを覚えずにはいられない。
それでも、境界線を引き直しながら
ハッキング被害を受けたアカウントは、もう元には戻らない。
なりすましによる迷惑行為も、完全に防ぎきることは、おそらく難しいだろう。
けれど、だからといって、すべてを諦めてしまうわけにはいかない。
パスワードの管理をより厳重にする。
問い合わせフォームの防御を、少しずつ強化していく。
そうした地道な対策を積み重ねながら、これからも、自分の場所を守り続けていくしかない。
見えない悪意の存在を、完全になくすことはできなくても、その影響を最小限に抑えるための境界線を、根気強く引き直していく。
これからもネットの片隅で静かに過ごしていきたいもんだね


