月曜日の夜、1通のお知らせが届いていた。
X、つまり旧Twitterのアカウントが、凍結されたらしい。
ある日、さらっと凍結された

確認してみると、やはりもう凍結されていて、どうにもならない状況だった。
心当たりがあるとすれば、ポッドキャストのイントロ動画を投稿したことくらいだ。
特段、規制に引っかかるような内容ではなかったはずなんだけど、X的にはNGだったみたい
少し調べてみると、アカウントが突然BANされるという話は結構多いらしい。
特に春先には、かなり多かったのだとか。(春のBAN祭りという恒例行事なんだとか)

告知のためだけの場所
わたしのXの使い方は、とてもシンプルだった。
個人サイトの更新や、ポッドキャストの配信を知らせるための、告知用。
外部サイトのURLを貼りつけて、そちらへ案内する投稿ばかりである。
どうやら、そういう使い方そのものが、今のXの方針とは合わないらしい。
X の中で楽しんでほしい、外へ連れ出すアカウントは歓迎しない。
そんな運営の空気を、なんとなく感じていた。
日常の呟きは、もうずっとXでは書いていなかったしね。
そもそも最近は、リンク付きの投稿は表示されにくくなっているらしい、という話も聞いていた。
告知をしても、人の目に触れることはほとんどない。
本来の目的だった告知という役割すら、もうあまり果たせていなかったのかもしれない。
(最近のSNSはそういう場所になってきてるらしい)
やっているようで、やっていなかった

正直に言えば、Xの運用は、やっているようでやっていなかった。
告知をするにも、わざわざ画面を開いて、投稿画面を開いて、リンクを貼りつけて。
その手間が、毎回すごく面倒だった。
かといって、X の中で誰かと交流する時間も、今のわたしにはない。
それに、自分と関係のない投稿が、否応なく視界に入ってくるのが、とても苦手なんだよね。
それをきっかけに、心の調子を崩してしまうことが、これまで何度もあった。
だから、やらなくてもいいかなと、ずっと思ってはいたのである。
交わらないと、はっきりわかった
今回の凍結で、Xの方針と、わたしの使い方は相容れないのだと、はっきりわかった。
不思議と、ショックとかは感じていない。
むしろ、これを機にすっぱりと辞めるきっかけをもらえた気がしている。
何が適切で、何が不適切なのか。
その判断の線も、根拠もよく見えないまま、ある日突然使えなくなる。
この調子だと、他のSNSでも、アカウントが急に止められることは珍しくなくなっていくのだろう。
使う必要ある?
そんな問いが、静かに浮かんでくる。

残った場所を、どうするか
今のところ残っているのは、note と Instagram と Threads、それから YouTube である。
YouTube は、ポッドキャストの動画版を置いていくだけなので、使い方はあまり変わらない。
数字も今はほとんど気にしていないし、スマホにアプリも入れていない。
note は予約投稿ができないのが、少し面倒なところ。
Threads は、ビジネス寄りの人が多い印象で、ポッドキャストや個人サイトの話をする空気とは少し違う気がして、止めている。
Instagram は写真を載せていきたいけれど、好まれるのは動画のほうらしい。
どこも、少しずつ自分とはずれている。
だからこそ、自分の言葉を置く場所は、やっぱりこのアトリエなのだと思う。
SNSとの付き合い方は、これからまた、ゆっくり考えていこうかな。



