インターネットから品が消えていく|ドーパミンの渦から、静かに離脱するということ

インターネットやSNSの時代はそろそろ末期に差し掛かってる気がする

目次

流れの中に、失われていくもの

タイムラインを開くたびに、小さな違和感を覚えるようになったのは、いつからだろう。

刺激的な見出し。

過激な言葉遣い。

誰かを断罪するための言葉が、次から次へと流れてくる。

それらは一瞬で目を引き、一瞬で消えていく。

そのスピード感の中に、かつてあったはずの何かが、静かに失われていっているように感じる。

「品」という言葉を使うと、少し古めかしく聞こえるかもしれない。

けれど、それ以外にうまく言い表せる言葉が見当たらない。

言葉を丁寧に選ぶこと。

相手への敬意を保ちながら意見を述べること。

そうした振る舞いが、今のインターネットの速さの中では、どうにも似合わなくなってきている。

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刺激だけを求める渦の中で

強い言葉ほど、多くの反応を集める。

過激な物言いほど、拡散されやすい。

そういう仕組みの中で、多くの発信が、少しずつ同じ方向へと吸い寄せられていくのを感じる。

刺激を与え、刺激を受け取り、また次の刺激を求める。

その循環の速さに、ふと恐ろしさを覚えることがある。

まるで、脳の奥にある快楽の回路だけを、絶えず刺激し続けるための仕組みのようだ。

そこには、余韻を味わう時間も、じっくりと考える間合いもない。

ただ次から次へと、刺激だけを浴び続ける。

かつて、インターネットという場所には、もう少し違う空気があったように思う。

一つの文章を、時間をかけて読む。

誰かの言葉を、じっくりと咀嚼する。

そうした文化が、少しずつ終わりを迎えつつあるのを、寂しく眺めている自分がいる。

一つの時代が静かに幕を閉じていく。

ゆっくりと確実に腐敗して、陳腐なものに変貌していっている気がしてしまうんだよね

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閉ざされた場所を、守るということ

だからこそ、わたしはこのSNS大正義時代に個人サイトという場所を、大切にしている。

大勢の目に触れる必要はないし。

刺激を求める渦に、あえて加わる必要もない。

ここは、知っている人だけが、そっと訪れてくれる場所でいい。

まるで、隠れ家のような小さなバーのように。

扉を開けて入ってきた人には、静かな時間を過ごしてもらいたい。

大きな音楽も、強い光もいらない。

ただ、丁寧に選んだ言葉と、落ち着いた空気だけがある場所。

世界がどれだけ速く、どれだけ荒々しく変わっていったとしても、この小さな部屋の中だけは、そうした流れから守り続けたいと思う。

品を保つということは、時代に取り残されることかもしれない。

けれどそれでいい。

流されないことこそが、この場所を続けていく上での、わたしなりの矜持だ。

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静寂という、最後の美学

インターネット全体を変えることは、もちろんできない。

刺激を求める渦を、止めることもできない。

けれど、自分の手の届く範囲だけは、静かに守ることができる。

この「境界線のアトリエ」という場所が、そのための小さな砦になってくれたらいい。

美学とは、大声で主張するものではなく、静かに保ち続けるものなのだと思う。

たとえ世界が少しずつ壊れていくように見えても、わたしはこの場所で、余白を大切にした言葉を紡ぎ続けていく。

それだけは、これからも変わらずにいたいもんだね。

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