
週末の夜に、暖かいハーブティーを飲みながら
今週の振り返りやジャーナリングをポツポツと書く時間がなんとも心地良いのよね
コツコツと何かを続けるには「孤独」だと都合が良い
少し前から、私もジャーナリングを生活のルーティンの中に取り入れるようになって、
少しずつですが心が穏やかになってきたなぁと感じるようになりました。
ふと、昔のことを思い出すと、
夜中に誰もいない図書室の隅っこで黙々と「今週の振り返り」「来週のスケジュール」「今月の目標の進捗度」なんかを紙に書いて整理して過ごしていたことを思い出します
大人になって、忙しくなって、公私共に色々なことがあって
気づいたらこの習慣もしなくなっていくうちに、いつのまにか心の余裕がなくなって、
「あれ?私ってどんな生活をしたくて頑張ってるんだっけ?」
とわからなくなったりしてました。
社会人になって、何年も歳を重ねてきて、世間では「いいご年齢」と言われる年になっても、
自分のことを見失うことがしばしば。。。
現在地がわからなくなったときは立ち止まってみる
そんな感じで、何かと忙しくなると、やることに追われてしまい、
自分のことを見失うことが何度もあるんですよね
そして、そういう状況になると、気づいたら
精神的に結構、負荷がかかってたり、時間の余裕がなくなってたりして、
自分の許容量を超えることを平気な顔で黙々とこなしてたりする
全然、余裕なんかじゃないくせに
だから、私はジャーナリングという形で定期的に自分の位置を確認するようにしています
別にジャーナリングじゃなくても、方法はなんでもいいのだけれど、
自分自身の声を吐き出す場所って、必要だと思うんです。
それが出来るのって、誰にも見られない場所でひっそりと自分一人だけでやる時間が大切なんだなと
誰かの言葉や評価をモチベーションにしてると大抵は上手くいかない気がする

またSNSの話か、と言われるかもしれないけど
色々なSNSをやってきて、どのサービスでも共通して感じた、「良くないな」要素として
(あくまで私がSNSが肌に合わなかった理由的な感じですが)
『「他人からのコメントや評価、そのほかの反応」をモチベーションにしてしまう』と、大抵、続かないよなぁと・・・。
まぁ、SNSってそういうもんだろ。という話なんだけれど
人によるんだろうけど、なんていうか、
他人からの反応をエネルギー源というか、刺激として、どんどん快楽のように頭の中でドーパミンを手軽に出しながら、
他人に好かれる投稿をしたり、
他人から反応の良さそうな写真を載せてみたり
そういうことで楽しめてるうちはいいけど、
いつしか中毒のようになって、自分が想定してような反応が得られなくなっていくと、
「これ、続ける理由あるかな?」
と快楽欠乏症(他人からの反応が少なくなるとモチベ下がる)みたいな状態になって、
いずれフェードアウトしてしまう
そんなサイクルがどのSNSでも連日連夜、ものすごい人数で行われているのだと思うと、
そりゃ、そんな環境じゃ何事も続けられないだろ。
と思ってしまう(私だけなのかもしれないけど)
どんなことでもそうなんだけど、
他人からの反応や評価を貰うことを目的にし始めたら物事は続かないのでは?
本当に何かを続けていきたいのなら、
モチベーションにするべきは、自分の内面に向き合いつつ、過去の自分と少し未来の自分を見据えて、
誰かと比較するのではなく、一歩ずつ積み重ねていくことにどれだけ集中できる環境を整えるか
ってことなんじゃないかな
自分のメンタルの波もあるし、体調が悪い日だってある
それでも、マイペースに自分に向き合っていくことが、何事も続けていけるコツなのかもしれないね



