疲れる交流から心を守るための、わたしだけの「静かな結界」をそっと引く

世の中の人のスピードに合わせようとすると、少し息苦しいなと感じるときってありませんか?
そういうときに、そっと世間と自分の間に線を引くと少しは楽になる

目次

心を乱す「ノイズ」から距離を取る

世間や周囲の人の間で流行ってることや物事に合わせて無理してしまう瞬間ってありませんか?

無理してるというよりも、気づいたら空気を読んで、私も周りの人に合わせることで居場所を確保しちゃってる。
みたいな

けど、周囲の人や世間で流行ってるものって、そのほとんどは自分が本当に興味があることじゃないことが大半なんですよね

そもそもそういう情報って、正直自分にとってはノイズでしかないなと

意識的に、仕組みとして、そういうノイズから距離を取るようにすると少しだけ日々の疲労感が違う気がします

そもそもなんですが、私は少し「人付き合いがめんどくさい」と感じるタイプです。

人嫌いという程ではないのですが、自分から積極的に知り合いを増やそうとは思わない

偶然に出会って、少し交流してみて、なんとなく「また話したいな」とか「この人とは別の機会にまた会うことになるだろうな」と直感のようなものを感じた人とは細々と繋がりが続いてます。

ゆったりと、ゆっくりと、自分らしく、楽しく。
心の休息を優先する日々を選択し続けるために、ノイズからの距離を置くことを意識的にして過ごしています

疲れる交流に気づく

私も普通のイッパンピーポーなので、出会えた人とは仲良くお付き合いしたいと基本的に思っています。

けれど、現実はそんなにうまくいかなくて、空気感が合わない人や、付き合いを続ける中での合わないなという感覚だったり、ということの繰り返しです。

特にSNSやネット上では、その傾向が強い気もします。

ネット上での活動で出会えた人って、基本的にはネット上での活動面しか見えない状態で何かしらの交流が始まりますが、リアルで出会うようになると、ネット上でのイメージとは真逆だった。という人や、思ってたような人柄ではなかった。ということもしばしば。

ネット上だけでの活動でも、ネガティブなコメントや批判が突然、突きつけられたりすることもありました。

その度に、現実世界でもネット上でも、「人付き合いってやってらんねぇ」と感じるんですよね。

この「やってらんなさ」とは、長期的に付き合っていくという心持ちが必要だったり

人との交流って難しいよね

「静かな結界」の引き方

私の場合は、これらのやってらんなさと長期戦で付き合うには「静かに線を引いておく」くらいがちょうど良いと感じています。

具体的には、

・SNSやネットの接続方法を限定的にする(スマホからはアプリを削除しておく)
・ブラウザの拡張機能で、みなくてもよい情報を非表示にしておく(フォロー・フォロワー数・イイネの数・再生数)
・広告などを非表示にする(ブラウザソフトの切り替え・拡張機能で表示されないようにする)
・交流を目的としない閲覧用のアカウントを持っておく(必要な情報だけを検索する為だけの用途に切り替える)

上記は技術的な方法で、余計なノイズに触れないようにする環境づくりの具体例になります。

あとは、定期的にジャーナリングなどで、自分と向き合う時間を日常の中に取り組むと良いかなと

心を整え、自分を深める

自分を知る。心を整える。
ことって、わりと意識的に取り組む時間を作らないと、おざなりになってしまうんですよね。

1週間に1回でもいいので、振り返りをする時間を確保する。
そんな小さな習慣化でも、世の中のノイズに振り回されないで、本当に大切なことを思い出すきっかけになるかもしれません

その際には、曖昧な気持ちを放置しないで、自分の気持ちを言葉にする練習と思って思いつくままに文字や言葉にして外に吐き出すといいです。

言語化っていうほど難しいものではなくて、もっと単純に自分が今、どんな気持ちなのかを頭や心の中でぐるぐる回してるのではなく、どんな形でもいいので体の外に出すということ

それだけで、不思議と心が穏やかになり、自分のことを知ることが出来るんですよね

この習慣は自分のペースで問題ありません。

誰かと比べたりすることのない時間を生活に取り入れること

それが世間のノイズから静かに線を引く。
私なりの方法です。

ゆっくりと無理なく自分らしく日々を過ごしていく。
「やってらんないな」という気持ちとも程よく付き合っていく。

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